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2026年8月寄稿文 太極拳と他の武術の中にある文化についての私考 先日「双月会」の四正剣の練習で「覇王挙旗」が話にあがりました。 この太極拳の「文化」というものを客観的に捉えようとするなら 文化とは 「場所(地域)」はその核となる場所(太極拳であれば陳家溝もしくは宗家のおられる場所)からの距離(近い程学びやすい環境にあるという事) 「個人」とはその人がその文化に対する情熱の度合(つまり「心」なので揺らぎ、揺り戻し、揺れがある) という考えです。 太極拳を学び始めたばかりの頃は外形の形のみに囚われますが、少しずつ習熟していとく、自身の中に文化化していくのを感じます。 文化化(ぶんかか)とは、個人が生まれ育つ社会の価値観・信念・行動様式などといった文化を学び取り、自分の人格や行動の一部として身につけていく過程を指す概念です。 これを太極拳に落とし込むなら太極拳の練功を積む事によって人との関わり・信念といった人間形成を成す思想が身につくと考えられるでしょう。 さて自分の文化(太極拳)を文化化していくとつい自分の文化(太極拳)を中心に物事を判断してしまいがちになります。 自文化(太極拳)の中で「良し悪しの判断基準」にそれを用いるのはもちろん構いませんが、これを他の武道武術または流派にも適応しようとすることには注意が必要だと思います。 現代の社会では先に述べた場所(地域)を超えるのが一昔前よりかなり容易くなっており異文化(他の武術)との交わりも行われているからです。 個人の文化(武道武術)が自分の中に文化化すればするほど自文化中心主義となりやすいという事は経験の長い人ほど自覚しておかなければなりません。 私は自分の学ぶ武術を尊ぶ様に他の武道武術に対しても同様に尊重すべきだと考えています。 では他の武道武術と自分の学ぶ武道を「比較」してもいけないのか 私がここで述べたいのは太極拳を学ぶ者が太極拳は素晴らしい。と思う様に他の武道武術を学ぶ者もまた自分達の武道武術は素晴らしいという尺度を持っている事を理解する必要がある。と言うとです。 文化は多数存在します。その複数性と平等性は認められるものでなければなりません。これは文化相対主義の考え方ですね。 文化相対主義の重要性を説いた上で更に私が懸念するのは、 お前はお前でやってくれ。俺は俺でやるから。ではお互いの理解は深まりません。 文化(武道武術)の担い手が人である以上人には文化(武道武術)を超えて人類としてそこにある普遍的な共通の核となるものが有るはずです。 人は分かり合える。時間はかかっても、相互理解を諦めてはならないのです。 「双月会」は新会員募集中です。 「双月会」竹之内 |
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