数年前NHKで「明鏡止水」〜武のKAMIWAZA〜という武道武術を紹介する番組が放送されました。 さて番組のタイトルとなった「明鏡止水」は邪念がなく、澄み切って落ち着いた心の意味として使われますが、実は『荘子』の「徳充符篇」に書かれた寓話から出来たものである事はご存知でしょうか? この「徳充符篇」には4つの寓話があり、1番目のお話の中で『止水』が、2番目のお話の中で『明鏡』がそれぞれ別々の話として出ています。 荘周は戦国時代(生没年ははっきりしませんが、紀元前369年頃〜紀元前286年頃とする表記も見られます。)の中国・宋(河南省商邱県)の思想家です。その荘周が執筆したとされるのがこの『荘子』です。 ちなみに荘子の「子」は敬称で日本で言えば「先生」の意味です。 『荘子』は内篇七篇、外篇十五篇、雑篇十一篇、以前ご紹介した『老子』の文字数にして何と12倍という大作です。このうち荘周本人によって書かれたのは内篇七篇のみで外篇および雑篇は、晋の時代に後の人々によって書き加えられたものとされています。 老荘思想、道教が発展していくにつれて、荘周は始祖のひとりとして崇拝の対象となっていきます。唐の時代には、玄宗(皇帝)によって神格化され、「南華真人(なんかしんじん)」の称号を与えられました。それにともない著書である『荘子』も、『南華真経(なんかしんきょう)』と呼ばれるようにもなります。 『荘子』における思想の基本となっているのは老子が唱えた「無為自然」ですが、荘周は、「無為自然」の考えをさらに深めて、「逍遥遊(しょうようゆう)」という境地に達しました。 「逍遥遊」とは、「何かにとらわれる事なく思いを自由に巡らせ、無限の空間で心を遊ばせる」といった意味です。そして何ものにもとらわれない心を持ち、自然のままで、あるがままを受け入れる生き方を指します。世俗にとらわれない絶対的自由の精神を身につける。というあたりは「禅」にも通じるものを感じます。 こうしてみると儒教と道教の思想が、二千年以上も前から中国に存在し、共に今も有るというのは実に興味深く感じます。 そして伝統の太極拳を学ぶ私達はこの心の持ち様、心が身体の及ぼす影響についても大切な事として学んでいます。(無極から太極)自分の在り方(天地人)を求め、意や気とどう向き合い感じていくのか(意気勁)どれが正しくどれが間違いとかではなく社会の正解より己の心と向き合っていく事こそが太極拳の奥深さだとも感じるのです。 太極拳を学ぶにあたり、こうした中国思想家の考えや歴史的背景を考え理解しようするのはなかなか難しいものです。 だからこそ焦らず急がず楽しみながら「双月会」の皆さんと太極拳を学んで行きたいと思うのです。 今回は以前ご紹介した老子と共に老荘思想を創り上げた荘子を取り上げさせていただきました。 「双月会」は今年も会員募集中! ではまた! 「双月会」竹之内朋子 |
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